出会いはある日突然に
私はオタクなんだと思う。
とはいえ胸を張って「これのオタクです!」と言えることはない。
アニメは好きだが新規を追うことはなく、漫画は読むがたまにだし、どちらの知識も薄い。定期購読する週刊誌も月刊誌もない。
ただ好きになるとしつこく、割と狂いやすい。狂い出すと自分でもどんな方向にいくのかわからないという事をここ数年で知った。
そんな私がある日の夕方、出会ってしまった。
夕飯の支度をしている私を家族が呼んだ。「進撃の巨人がファイナルだって」
Netflixで新作を検索していたらしい家族。私の返事は「ふうん」と興味なさげ100%だったと思う。実際興味なかったし。頭の中は料理の次の手順でくるくるしていたし、お風呂の支度しなきゃとか、仕事の連絡どうしたっけとかそんなことで隙間も埋まっていた。
でも、ふと目をあげたのよね。
それは大きすぎる音に反応したのかもしれないし、画面いっぱいの赤い筋肉に覆われた巨人の姿を見てみようかなという興味だったのかも。下ごしらえも終わったし、お湯が沸くまで見てみるかと思ったのだ。
そしてやってきた。
剥き出しの筋肉に覆われた巨人が壁からにょっきりと飛び出している。壁はずいぶん高そうなのにそこから壁の中を覗き込めるほどでかい。ガラガラと崩れる壁、瓦礫と化す家。ノタノタ、ズンズン、入ってくる浦安鉄筋家族みたいな顔のすっぽんぽんな巨人たち。なんだこいつら気持ち悪!その醜悪さ、薄気味悪さにぞわぞわする。エレン?この少年が主人公?お母さんが崩れた家の下敷きになっている。ミカサ?誰だろう友達か?お母さん、助けなきゃ、兵隊みたいなおっさんがきた!助かる?でもこういう時は誰しも同じことを言うよね、子供を助けたいもの。「逃げなさい!行きなさい!」ですよねー。兵隊さんが巨人に立ち向かう!あー助かる?あれ、結構あっさりビビってんな…子供担いだ。下敷きのお母さんに背を向けて走り出す。遠ざかる子、それを見つめる母。わーかわいそう、でもありがちだよなぁ。
しかし次の瞬間、エレンの母が呟いた言葉に私は脳髄ごと揺さぶられたのだ。
「行かないで」
この時の私の心の乱れ具合を表す言葉が見つからない。
ショックだった。母の強さも子を思う気持ちも本物だけど、今から食われる人間の恐怖も本物で、このあと母親はもちろん巨人に食われるのだけど、その悲鳴、嫌がり方、痛み、救われないその瞬間まで尊厳も何もなく消費されるという事実。そこから目を離せないエレン、耳に残る悲鳴、へし折られる母のからだ。ばくんと食われて飛び散る血しぶき。
「行かないで」
このセリフ一言で、私は進撃の巨人という残酷な沼にどっぷりと浸かったのである。